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紫陽花色の嘘

紫陽花色の嘘

書く女 11

 それは、西條史夫にとって、些細な思いつきのはずだった。
 ――たまには早く帰って、カミさんの顔を見ながら夜食にするかな。
 西條は、たった一人残った女性客をちらりと見て、そう思った。
 夕方は常連カップルの結婚式の二次会があったりして、結構忙しかったのだが、夜が更けるにしたがって、めっきり暇になった。週末とはいえ、給料日前だ。ここ数年、こういうことは珍しくはない。
 ――それでも、夫婦二人で食べていくのには困らないだけ、ありがたいものさ。
 西條は、会社が倒産して足の遠のいた何人かの常連を思い浮かべた。景気のよかった頃に札びらを切って豪遊していた彼らは、その零落も早かった。
 今も昔も、自分は好きなことをマイペースにやっているだけ。それで食べていけるのだから、ありがたい。妻の清恵には苦労をかけた時期もあったが、今はその心配もない。
 清恵は、働き者の女だった。西條は三十年前に、それまで勤めていた会社をやめた。バーテンダー修行を経てこの店を開店し軌道に乗せるまで、彼女が働いて家計を支えていた。子供も小さく、生活は苦しかったが、彼女は愚痴ひとつ言わなかった。
 その清恵が、最近沈んでいる。
「パートで勤めていたスーパーを不景気のせいで首になったからよ」と清恵は自嘲的に言うが、本当はそのせいではないことを、西條は知っている。一人娘の由香里が、結婚して福岡に住むことになってしまったからだ。
 口では「やっと片づいてせいせいしたわ」と言っているが、娘が遠く離れたところに行ってしまって、寂しくてたまらないのだ。
 由香里夫婦に近所に住んでもらい、孫の世話をして老後を過ごすのが、清恵の理想だった。だが、もちろん自分の理想のために娘の結婚にケチをつけるほど、心の狭い女ではない。それだけに、最近の清恵の様子が不憫で、西條はなるべく妻と一緒にいる時間を増やそうと思っていた。

 残っていた女性客が、さっきまでいた客のボトルから勝手に飲み始めた。西條は、グラスを磨くのに没頭して、見ないふりをすることにした。あの客が、自分のボトルを飲んでいいと彼女に告げていったのかもしれないわけだし。
 それに、西條はこの女性客が少し怖かった。見かけは今どき珍しい黒髪で真面目そうな雰囲気なのだが、怪しい目つきで、一人で何事かをぶつぶつと呟いている。
 仕事柄、酔っ払いの相手は慣れている。しかし、彼女は酔っ払っていると言うよりは、何かに憑かれているような感じなのだ。
 酔っ払いも、その筋の人間も、西條は怖くなかった。慣れてもいたし、それなりの理屈(または金)が通用するからだ。さっき来た、新興宗教にはまっている若者だって、金を出して瓶を買ったとたん、おとなしく帰っていった。
しかし、素で危ない人間は怖い。どう出てくるか、見当もつかない。こちらの理屈も金も通用しない。
「……ふ、ふふ、ふふふふふふふふふふ」
 女がいきなり笑い出したので、西條はギョッとしてグラスを落とすところだった。
 見ると、ハーパーのボトルは既に空になっている。髪は乱れ、目は血走り、一点を凝視して口元だけで笑っている女は不気味だった。
西條は、幼い頃、祖父の家で見せられた、幽霊の水墨画の掛け軸を思い出した。黒髪を振り乱している女は、まさしく墨で描かれたのっぺりした顔の女幽霊そのものに見える。あれを見せられた後、西條は一人でトイレに行けなくなり、何度もおもらしをしては母親に尻を叩かれたものだ。
グラスを置いて、深呼吸すると、西條はきっぱりと決意した。閉店時間には、まだ少し早いが、今日はもう店を閉めよう。家に帰って、カミさんの手作りの鮭茶漬けを食いながら愚痴でも聞いてやろう。これ以上この女と二人きりでいるのは耐えられない。
いつもの帰宅時間を変えることが、とんでもない運命のいたずらに巻き込まれる原因となるのだが、もちろん今の西條がそんなことに気がつくはずはないのである。
 西條は、怯えていることを気取られないように気をつけながら、その怪しい女性客に声をかけた。

* * *


 ――こんな感じでどうだろう。
 主人公の問題には一応の決着をつけ、本編とはあまり関係ない微かな謎を残す終わり方。
 もしもネタさえ思いつければ、続編を書くこともできそうだし。……なんて、感想もいただかないうちから続編なんて、取らぬ狸のなんとやらだわ。これがうけるのかどうか、まったくわからないし。
 そう、問題は感想なのよ。せっかく一生懸命書いたんだし、なんとしても感想はいただきたいところだわ。小説は、読んでもらえてなんぼ、よね。
 さて、推敲はこんなもんでいいかな。それじゃ、久々にホームページの更新といきますか。まったく、さすがに一年も放置しっ放しのホームページじゃ、忘れ去られていても仕方ないのよね。でも、このままじゃ感想もらえないし。
 ……そうだ。更新作業終わったら、久々に飯田さんのサイトに遊びに行ってみようかな。掲示板に、挨拶がてらにさり気に「新作upしましたv」なんて宣伝しちゃったりして。それ見たら、きっと誰か来てくれるよね。
 よーし、頑張るぞ。


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